小田巻やの歴史

「浅五郎の小田巻や」は明治二十八年創業、120年以上も前から小田巻を焼き続けています。

小田巻きやの始まり

明治二十四年頃、飛騨川に青柳橋(現在の青柳大橋付近)が架設されました。

 

当店の初代である「浅五郎」は、青柳橋完成に伴って川辺や白川方面への荷馬車が増えるとにらみ、なにか商売を始めようと思いついたのです。

 

当時付近には水車場があり、アンコを包むための粉を容易に手に入れることができました。

 

そこで考えたのが「小田巻」だったのです。

道往く人の憩いの場

こうして始まった「小田巻や」は、浅五郎の狙い通り、高山や白川方面へ荷物を運ぶ馬車ひきの人たちの休憩場所として繁盛するようになりました。

 

ちなみに、店の前には十坪程度の池があり、喉を乾かせた馬に飲ませる水があったことや、水車小屋からは小麦を挽って残った「小麦の皮(フスマ)」が、馬の大好物だったことも、繁盛の理由だったとか。

 

そんな人と馬が休憩できる場所でもありました。

お父さんのお土産

また時代が経って養蚕が盛んになると、川辺や鹿塩の農家の人達が、製糸工場へ繭を出荷しにいくようになります。

 

すると工場からの帰り際に、当店に立ち寄って小田巻を買い求め、奥さんやお子さんの手土産としていたとか。

 

当時、たっぷりアンコの入った小田巻はお土産として大人気だったそうです。